2008年03月23日「巨人軍論」 野村克也著 角川書店 720円

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」

 最近、「V9時代の巨人軍」が注目を浴びてますね。朝日新聞系の雑誌も特集してました。

 いよいよプロ野球もオープン戦スタート。巨人は松坂大輔投手のボストン・レッドソックスと対戦。野球シーズン到来。だから、V9時代のマネジメントがクローズアップされて・・・というわけではありません。

 やっぱ、チームを強化するプロ経営者が激減している日本。あの奇跡のV9を成し遂げた秘密はどこにあるのか。これは経営者、ビジネスパースンならば、だれもが知りたいことですよ。「背水の陣内閣」なんて名前つけたのにさっぱりの福田康夫さんもぜひ勉強したいところでしょう。
 テーマとしてはめちゃ面白い。

 そこへですな、M新聞系の情報誌から「V9」の検証を頼まれてしまいました。
 私はA紙のような陳腐なコメントはしませんからね。きっちり組織論としてのV9を検証してみようと考えたのでございますよ。

 幸い、読んだ本は片っ端から古書店に出してる私でも、川上哲治さんの本は大切にとってあります。子息(私よりずっと先輩ですけど)とは呑み仲間、カラオケ仲間。倉庫から絶版本を10冊ほど取り出してチェック。ついでに川上監督についてコメントしてる本もチェック。
 いちばん新しいのでは野村さんの本がありました。



 やっぱ、いろんな発見がありますなぁ。「組織強化」「チームワーク」「チームプレー」というテーマでくくってみると、新発見がたくさんあります。
 さすが川上監督ですなぁ。

 てなわけで、野村さんの本だけじゃなく、川上監督の本も含めて、ぶっちゃけコメントしてみましょうか。

 巨人軍がなぜ強いのか? そりゃ、決まっとるだぎゃあ。資金力と人気にモノを言わせて他チームから4番とエースをかき集めてるんだぎゃあ。

 けどね、いまの原巨人はそれで優勝できてますか? 川上さんの時はいまよりもっと4番とエースを取りやすかったのに、しなかったでしょ? なぜ?

 巨人軍の強さは「伝統」にあるとよく言いますよね。これね、「伝統」という2文字では片付けられない深遠な意味があるのよ。だ〜れも知らない。というか、説明していません。

 まず、ここら辺から始めましょうか。

 今時、「軍」なんてつけてるのは、救世軍と巨人軍しかいませんよ。
 この巨人軍ができたのは1934年です。大日本東京野球倶楽部が前身。で、翌年にはアメリカ遠征してるのね。ちなみに大阪タイガースはこの年、結成されました。

 戦前の外貨のないときにアメリカ遠征ですよ。ダブルヘッダーが終わった後、200キロもの雪山をバスで越えて、そのまま試合。こんな毎日でも選手たちは嬉々としていました。
 「これから日本にプロ野球を根付かせるのはオレたちだ」という自覚があったからね。

 他チームは遠征などできません。資金がないもの。

 試合になったって、巨人の選手はソックス、スパイクからヘルメット、グラブ、バットまで舶来モノ。練習の時も新品の硬球。打てばカキーンという高い音。
 たしかに、「選手がバッターボックスに入ると輝いて見えた」と若き日の野村さんは書いてます。

 外見だけなのか、マインドだけなのか・・・もちろん、戦術面でもぜんぜん違うわけ。

 頭を使って野球をするというベースは、川上さんの前任の水原巨人から始まってます。
 水原巨人は1953年スタート。川上さんは1961年に監督に就任し、V9は1965〜1973年です。参考までに長嶋茂雄さんが入団したのは1958年。

 水原巨人が始めたのは、たとえば、相手チームの投手が右腕なら、ずらっと左打者を並べる。これ、「ツー・プラトン・システム」ていうんですけど。先発完投が当たり前の時代に「ワンポイントリリーフ」。ツーボールになってからの「ヒット&ラン」。投手の「ローテーション」。

 そうそう、「コーチ」を置いたのもこの人から。それまでの野球チームは監督のほかには選手だけだったんだから。

 川上さんはどうしたか? 強いチームとは勝ち続けられるチームと心得た。V1くらいはだれでもできる。けど、連覇はしんどい。まして9連覇なんて奇跡。

 どのくらいの奇跡なのか。川上さんの著書『遺言』(文藝春秋)によれば、たとえば、コイン投げで表を50回連続で出すに等しい確率ですよ。1分間に6回、1日6時間、365日休まず600年間続けてようやくできる。つまり、奇跡というわけです。



 水原監督に負けず、川上さんもいろんな戦術を導入します。たとえば、ドジャーズのモーリー・ウィムスを真似て、投手だった柴田勲選手をスイッチヒッターに育てます。リリーフを徹底し、「8時半の男」として宮田征典投手をクローザーにします。このときからV9がスタートするんです。江夏豊さんや大魔神よりずっと早いのよ。

 なにより川上さんが徹底したことは「適材適所」ということ。
 野球には9のポジションと9の打順がある。この1つ1つには明確な意図と目的がある・・・わかります?
 いたずらに4番打者ばかり揃えても、個人はいい成績を残せるかもしれないけど、チームとしてはなんら機能しない。つなげる野球をしなくなる。「オレが決めてやる」というヒーロー志向の選手ばかりになってしまう。
 これではダメだというわけ。

 川上さんが王選手を誉めてる文章があるんですよ。子供野球教室で王さんが質問された。
 「どうして王さんは3冠王になれたんですか?」
 「野球は1人じゃできないんだよ。満塁ホームランだって、ボクの前に3人の選手が出塁してくれたおかげなんだ」
 チームがワークしてはじめてチームプレーになるんです。all for one、one for allでなければ、1回くらいは日本一になれても、連覇できるチームにはならない・・・川上さんはチーム全体の底力をどうアップさせるかを真剣に取り組んだわけです。

 だから、どうした? マナーとルールを徹底させるわけ。

 メジャーリーグを視察して、「マナーとルールはどう?」と質問すると、強いチームほど厳しいとわかったんですよ。たとえば、ヤンキース。練習はTシャツ厳禁。もちろん、遅刻厳禁。球場入場はブレザー着用。遠征中はビール1本のみ・・・とかね。 

 悪太郎とニックネームをつけられた堀内恒夫投手など、罰金罰金で年俸の4割を削られ、とうとう音を上げて規則厳守に変わったとか。

 ONはどうだった? 王・長嶋は別格なの。監督に言われる前に、リーダーとしての自覚があったから猛烈な練習を繰り返していたわけ。
 監督が叱る前に、長嶋さんがガンガン怒鳴ってた。エラーなんかしたら大変。ONから説教されちゃうから。

 国鉄スワローズから移籍した金田正一投手はさらに練習の鬼。移籍1日目で、監督やONが驚くほど練習に創意工夫がちりばめられていて、みなが模範としたのよ。

 野村さん曰く、「エースと4番打者がすべてにおいて模範にならないチームは弱い」。

 模範とは野球に対する考え方、練習に対する姿勢、健康管理、時間管理、規則厳守・・・ONは怪我しなかったね。連続試合出場が多かったでしょ。痛いの、かゆいと言わなかったね。怪我してもタフだからがんばっちゃうしさ。

 どこかにいるよね。素質は球界ナンバーワン。けど、いつも怪我ばかりしてる人。4月と10月しかゲームに出ないけど、年俸だけはべらぼうに多い。
 こういう選手が4番のチームは強くはならない。

 野村さん曰く、「ONの後、巨人の4番は松井秀喜。一時期の原辰徳かな・・・」。鋭いね。成績だけで見てない。リーダーとしてのポジションという意味で見てます。

 つまるところ、チーム力とは個々の選手の能力を単純に足したものじゃないんです。
 どう影響し合うか、どう相乗効果を発揮できるか、機能的な野球を展開してかけ算になるか・・・というものなのね。

 では、そのためにはなにがいちばん大切なの?

 結論です。川上監督がいちばん大切にしたものは、人間教育なんです。

 毎日、ミーティングをします、。そのとき、技術論なんて言わない。人間論を話す。そして選手たちにメモさせる。長嶋さんがノートを忘れたときには怒鳴りあげたもの。
 外部から経営者を招いて講義をしてもらう。野球選手にマネジメントの勉強が必要か? これ、人間教育の一環として行っていたの。

 川上さんが頭の上がらない存在に正力松太郎オーナーがいました。現役を退いて監督を要請される頃、岐阜の正眼寺で座禅を勧められるわけ。
 そこで知り合ったのが梶浦逸外という老師様。以来、毎年、ここで参禅します。人間を鍛えることがもっとも大切だ、と自覚するんです。

 どんなに補強しても、いまの巨人がなかなか日本一になれない理由が透けて見えてくるようですよ。今季はどうかな? 300円高。