2015年03月12日「旅情(Summertime)」

カテゴリー中島孝志の不良映画日記」

 英米合作といえば聞こえはいいけど、映画制作費がないイギリスがアメリカに出資してもらってつくった映画です。

『旅情』(Summertime)ね。

 舞台はベニス(ベネツィア)。堅すぎて結婚できない中年女にキャサリン・ヘボン。こういうのを名作つうんだろね。

 キャサリン・ヘボンにしても、大好きな大好きなグリア・ガーソン主演『心の旅路』にしても、いい女はいいわけでさ。
                  
 気分転換で初めての海外旅行。ヨーロッパをあちこち回って最後のお楽しみがベニスときた。お一人様旅行。16ミリを回してると浮浪児がまとわりつく。自分の相手をしてくれるのはこの子だけ。

 サンマルコ広場のカフェで熱い視線。中年男がじっと見てる。慌てて逃げ出します。これだから縁がないわけ。

 どんなおかちめんこ(古いか)でも結婚できるのは、縁を逃さないから。けど、こういういい女にかぎって一歩踏み出せない。恋愛は熱病だからね。考えちゃダメなんよ。つうか、考えちゃうから出遅れるわけ。出逢いのチャンスに空振り三振どころか、そもそもバッターボックスに立ってない。これじゃあかんわな。


壁ドンはこちらのほうが早いのよ。。。

 結婚? 「結婚は事業だ」って言ってるでしょ。昔から。恋愛はゲーム。結婚はビジネス。だからとことん計算する。計算しないから失敗するわけで。

 翌日、浮浪児をガイドにして名所を見物してると、ある骨董品屋のヴェネツィアン・グラスに目が留まる。じっと見てると、向こうに顔が。。。昨日の中年男の店だったのよ。で、また逃げちゃう。

 翌日、彼女はまた骨董品屋を訪ねます。しかし留守。うなだれて戻るのね。逢いたいなら逢えばいい。好きなら好きといえばいい。ま、んなことできる女なら人生変わってますわな。

 中年男のほうからデートに誘います。場所はもちサンマルコ広場。
 彼女? 嬉しいに決まってる。ワクワクどきどきでっせ。けど、怖くてね。素直に表現できない。「アメリカ女」にも植物系っているんだね。

 内心、「恋ってこんなに素敵なの」・・・火がついちゃうわけ。
 で、翌日、目一杯着飾ってサンマルコ広場に出かけるんだけど、「ちょっと遅れる」って店番の青年が伝えに来ます。そこで、この青年が息子で妻もいると知ってガックリ。

 ま、そんなもんでしょ。

 男は妻と別居中なんだとさ。よくある手だわな。「好きになるのに理屈なんていらない!」と言い出す。これなんか、ますますよくある手だよね(よお知らんけど)。

 ええんちゃう。たとえ騙されたってさ。そもそも、なにを守らなくちゃならんのよ? 30分後には死んでるかもしれんのよ。人生一度きり。やらないで後悔するより、やって思いっきり泣いたほうがええんちゃう? よっぽど「生きた!」と実感できるんちゃう?

 二人きりで過ごす時間は甘くて充実してたんだけど、ベニスに戻ると不安でいっぱいになるわけね。

「本気で愛しそう」
「別れられなくなっちゃう!」
「だって、♪あったか〜いんだから(と言ったかどうかは知らんけど)」
「アメリカに帰らなくっちゃ」
「いまなら戻れる」

 やっぱ翔べない女は翔べないわけ。。。こっから先は野暮だから言わんけどね。

 相手役のRossano Brazzi版もいいけど、今回はJerry Valeの「Summertime In Venice」です(クリックすると聴けますよ)。

♪あの夏の日 ベニスの夏の日
 カフェ。愛に満ちていた君との幸福な時間
 別れが来ることは知ってる
 思い出はべニスと君 そしてあの夏の日♪

 ところで、この役はキャサリン・ヘボンでしか演じられん、と言われたのよ。当時ね。。。先日、ご紹介したエリザベス・テーラーだって、ビビアン・リーだって、ジュリア・ロバーツだって、できると思うよ。

 でもさ、どうしてキャシーしか演じられんわな、と言われたか?
 それはね、彼女の実人生がまさに同じだったから。スペンサー・トレイシー(『老人と海』は良かったなあ)と30年近くも不倫関係(こういうの不倫関係っていうのかな)だったもんなあ。

 敬虔なカトリックで離婚はできん。それ以上に、傷害のあるわが子を愛してたのよ。妻も尊敬してたしね。けど、キャサリンが好きだった。最期を看取ったのも彼女でした(晩年、妻と交互に看病してたから、たまたまなんだけど)。

 しょせん浮気者? いえいえ、しょせん人間。好きになっちまったもん、しょうがないじゃん。。。

 キャサリン・ヘボンつうのは超インテリ女優なの。男に依存しない女性でした。奥さんと張り合おうなんてさらさら考えない、一緒に暮らそうとも考えない。ある意味、可愛げがない。そう、たいていの男はもたれかかってくる女性を儚げに感じますからね。彼女はちがってた。独立自尊のプライドを持ってました。素敵ですよ、こういう人はね。。。

 スペンスが亡くなるとすっぱり身を引きますと。みな、二人の関係は知ってるんだけど、葬儀にも出ない。「それは自分の領分ではない」と弁えていたんだろうね。で、落ち着いた頃を見計らって、遺された正妻のとこに挨拶に行くんだよ。

 お見事。。。なかなかできない? そうかもなあ。。。一人だけ知ってるな、そういう女性。


 今日のメルマガでご紹介する本は「野仏の見方―歴史がわかる、腑に落ちる」(サライ編集部・外山晴彦著・小学館・1,296円)です。