2009年01月06日「若者危機」とはいうけれど。

カテゴリー中島孝志の不良オヤジ日記」

 東証大発会は9000円を超す株高で終了。まあ、毎度のこと。08年の最高値も1月4日でしたもんねえ。まっ、ご祝儀相場でしょう。

 目を向こう岸に転じると、サンフランシスコ連銀のイエレン総裁は「通常の下降局面よりも長期化する」とのこと。すべては1月20日になにをどう発表するかにかかっています。
 マーケットはビッグスリー支援、金融機関支援という観測で動き始めてますけど、その原資をどうするか、米国債の大量発行で超ドル安となったら、日本の輸出型企業は「道連れ不況」になりかねない。結果、またまた、日経平均株価は暴落・・・ということになりそうですな。

 けど、よ〜く考えて欲しいのは、明日、「社長の愛した数式」で詳細に述べますけど、日本のメーカー、実はそんなに円高が怖いわけではない、ということです。もしかすると、「怖いフリ」をしている企業もいくつかあり、どちらかというと、投資家のほうが「円高恐怖症」に罹っているのでは、と思える節があります。

 なぜか? 政府、政治家、金融関係の官僚、そしてマスコミが不勉強だからではないでしょうか?
 それともう1つ。「あのトヨタが赤字転落!」という日本ブランドの自信喪失。こちらのほうがインパクトが大きいかもしれませんね。

 けど、見方を変えればちがう風景が見えるものです。

 去年末、神宮(伊勢神宮)に行ってきました。まっ、毎年のことですけどね。
 今回は行けませんでしたけど、10年以上前にちょっと(かなり)足を伸ばして念願の大峰山(奈良の天川村)にのぼったことがあります。
 陀羅尼助とか西の覗きで有名なあの大峰山(大峯奥駈道は04年7月「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部としてユネスコ世界遺産に登録)。

 さすがに高所恐怖症ですから足はぶるぶる。目はくらくら。立ちくらみ。卒倒寸前。失神寸前。たしかに崖下を見たらそうなんだけど、視野を前に移すと、なんとまあ、そこは別世界。崖下よりも広く遠くを眺めたほうがよっぽど悟りが開けるような気がしましたよ。
 もちろん、修験者はここだけでなく吉野熊野の山々の尾根を踏破するわけですからね。よほどの大願がなければできませんよ。


なんと美しい山々なんだろう。今年、もう1度行ってきます。

 いま、「若者危機」と言われます。私の古巣の「東洋経済」も今週号はたまたまそんな特集を組んでます。
 9.15のリーマンショック以来、急激な就職氷河期。ハケン切り、正社員切り(になるでしょう)。年金破綻。この10年間、1人あたり年間国民所得35000ドルでいっぱいいっぱい。つまり、これ以上、未来がよくなるとは思えない・・・という閉塞感に苛まれている世代だというわけです(ここまで東洋経済が書いているかどうかは不明ですけどね)。

 でも、もしかするとあの時の私のように、崖下ばかりみてるから卒倒失神するのであって、視野を遠く少しずらしてみれば、たぶんちがう風景が見えるはずなんです。

 見えないのは、政治が見えなくしている。テレビ・新聞などのマスコミが見えなくしている。親や教師が見えなくしている。そして、なによりも自分が見えないようにしている・・・のかもしれません。見なければいつまでも現実から逃げられますからね。

「きみの年齢に戻れるなら、ボクのすべてと取り替えてもええで」と、昔々、ある大経営者からこんなことを言われたことがあります。「えっホント? 喜んで」と喉元まで出たけど、そんなことできるわけもない。

 いまなら、あの経営者の気持ちが少しはわかるような気がします。なにより大切なことは、成功をモノにするよりそのプロセスのほうがずっとおもしろいんだ。「春秋に富む」ということは成功も失敗もたくさん愉しめる時間がある、ということですもんねえ。

 これだけで十分幸せなんだと思うね。大変かもしれないけど、もしかすると、ものすごくおもしろいかもしれない。いや、たぶんおもしろい。きっとおもしろい。おもしろいに決まってる。と考えると、いったいどこが危機なんだろう?
 まあ、「危機」はリスクとチャンスの合成語だから許せるか。

 そういえば、余談ですけど(全部余談なんだけど)、ビル・ゲイツとウォーレン・バフェットの対談DVDをチェックしてたらおもしろいこと言ってましたね。
 「成功とは目標を設定してそれを達成することだ」
 「幸福とはそれを愉しむことだ」
 何度も目標を達成すれば、それだけ幸福になれるというわけですな。

 欧米人や中国人はそう考えますな。ハードルみたいなものよ。でも日本人はちがいます。達成できなくても幸福を感じられるもんね。つまり、客観の世界ではなく主観の世界に生きてるからね。

 登山初心者でも、この山に来ると崖下を見たがります。でも、古の修験者たちはここから遠くの山々、見えない世界に思いをやったのではないでしょうか。もしかすると、こちらが本であって、崖下覗きなどは末ではなかったのか。本当に大切なのは崖下を見る蛮勇ではなく、遠く未来の自分自身を透かし見ようとする勇気だったのではなかったか。
 あの時はそんな気がしてならなかったなあ・・・まっ、しょせんサワーグレイプス。負け惜しみなんですけど。