2009年08月03日「ショコラ」

カテゴリー中島孝志の不良映画日記」

 半歩でいいから踏み出してみる。いままでの生き方をほんの少しでいいから変えてみる。
 早起きにしても、整理整頓にしても、ダイエットにしても、この「ちょっと変えてみる」ということが意外とむずかしいんですよね。

 哀しいことに、躊躇してる間に時間ばかりが過ぎてしまう。結果、「いまさら変えたってしょうがないか」という歳を迎えてしまうわけです。「まだ大丈夫だよ。いまからスタートしようよ」と軽いノリで始めればいいのに。まだ人生ゲームのスタートさえ切っていないのに、どうして止めちゃうの?



 この映画の主人公は流浪の民で、北風に誘われるまま各地を訪れる母娘ヴィエンヌ(『存在の耐えられない軽さ』のジュリエット・ビノシュ)とアヌーク。
 今度の村はフランスの片田舎。ここでチョコレート店をオープンするんですが、残念ながら、カトリック原理主義者の伯爵のおかげで村人は厳格で古いしきたりでガチガチ。しかも店の開店日は禁欲日と重なってお客はほとんど来ない。

 でも、ヴィエンヌは知っていました。「カカオは心の鍵を開ける」ということを。

 この美しい闖入者に訝しげな視線を注いだ村人たちもチョコレートの美味しさに魅了されると、とたんに心を開き、秘めていた情熱を目覚めさせていきます。

 たとえば、夫の暴力に恐れて店に逃げ込んできたジョゼフィーヌはチョコレート作りを手伝い始めます。娘との諍いで孫とすっかり没交渉となっていた老女アルマンド(英国を代表する女優ジョ
ディ・デンチ)のために、ヴィエンヌは孫に彼女の肖像画を描かせたりします。

 お節介だけれども、みなの幸福を願ってチョコレートを作るヴィエンヌ。
 けど、彼女のために村の「秩序」が乱されたことを苦々しく感じている人間もいるんですね。村長をつとめる伯爵ですね。

 そんなある日、河辺にジプシーの一団が停泊する。ヴィアンヌはリーダー、ルー(ジョニー・デップ!)に魅力を感じますが、排他的な村人たちはこの美しいデラシネ(漂流者)に敵意を覚えるばかり。
 「ジプシーの入店お断り!」とドアに貼り付けたりして。なにかと親切にするヴィエンヌへの風当たりは強くなるばかり・・・そんなある日、「事件」が起きて、ヴィエンヌが知らないうちにルーたちは村から出て行ってしまうんです。

みなを幸せにしたいだけなのに、心を開かないばかりか、貝殻のように閉ざし、よそ者を徹底的に排除する。これでは人は変われない。

 ルーが消えた後、すっかり意気消沈したヴィエンヌの顔をあの「北風」がなでつけます。潮時かもね。新しい村に出発しよう。ここではなにもいいことがなかった。荷造りを始めたヴィエンヌに、ジョゼフィーヌは問い詰めます。

 「人生は変えられると言ったのはあなたじゃなかった。あれはウソだったの?」

 流浪の民というDNAの責任にして踏み止まる勇気がなかったことに気づくヴィエンヌ。見れば、ジョゼフィーヌに指導された村人たちが嬉々としてチョコレート作りに励んでいる姿が目の中に飛び込んできた。

 この村人たちはチョコレートのおかげで人生が変わった? いえいえ、そうではありません。チョコレートはほんのきっかけに過ぎない。なにを禁じるかではなく、なにを受け容れるか、なにを創造するか、なにを歓迎するかに、ほんとうの可能性が秘められているんです。

 素敵な女性たちによるとつても素敵なファンタジー映画。ショコラと一緒にたっぷり召し上がれ。