2008年04月30日「ルネサンスとは何であったのか」 塩野七生著 新潮社 580円

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」

 八重洲BCに買い出しに行ったら、入口でこの文庫版が山ほど積んでありました。思わず買ってしまいました。
 で、仕事場に戻ったら、なんと親本持ってました。また、やっちゃった。

 けど、文庫のほうは巻末に対談が掲載されてるんですよね。まっ、あってもなくてもいいような内容でしたけど。

 さて、ルネサンスというと、文芸復興。ダンテ、ダ・ヴィンチ(1452〜1519)やミケランジェロ(1475〜1564)・・・という芸術家がきら星のごとくに輩出した時代というイメージがありますね。
 事実、そうなんでしょうけど。

 どうして、ルネサンスって起きたの? しかも、なぜ、イタリアで?
 この根本問題になると、わかったようなわからないような、結局、わからないという結論になっちゃうのよね。じゃ、だれに聞いたらわかるんだろうかと考えたら、この人、塩野先生ということになりますわな。
 実は、過去、ルネサンス本は何冊もチェックしたことあんのよ。でも、「?」。私がよっぽどバカなのか、書いてる人がバカなのか・・・で、本書の親本を読んで判明しました。やっぱ、書いてる人がわかってないのよ。

 さて、ルネサンスはどうして起きたのか? 「見たい、知りたい、わかりたい」という人々の欲望が爆発した。後世、それが「ルネサンス」と名付けられたというわけ。

なぜイタリアで? まず、ローマ法王庁が身近にあったから。近くで見てりゃ、そりゃ粗がよく見えるわな。おいおい、ちとちがうんじゃねえか、なんてね。
 それと経済的に豊かだったことも見逃せないね。食べるものに事欠いてる国でゲイジツはありえんわな。

 ところで、基本的に知識としてこんなことを共有化しておきましょう。

 まず、法王と皇帝とはちがうってことね。
 どちらが偉いのか? 皇帝は政治経済、法律、軍事を扱う政治家。つまり、大統領であり首相でもあるわけ。法王には軍事力ないけど、皇帝には軍事力はつきもの。
 でも、11世紀から何度も続いたエルサレムへの十字軍派遣を皇帝に命じてましたよね。てことは、やっぱ法王のほうが強いの?

 少しちがうんです、ポイントがね。

 ルネサンスの前の時代を世界史では「中世」と呼びますね。早い話が、西欧社会ではキリスト教に支配されてた時代です。

 でもね、その支配のされ方が尋常じゃないの。なにしろ、誕生、結婚、そして死にいたるすべてに強い影響、いえいえ、すべてに指導的役割を演じてたんです。

 なぜか? たとえば、法王が現場の司祭に「聖務禁止」「破門」を命じたとします。
 聖務禁止となれば、生まれた子供は洗礼を受けられない、若者は結婚できなくなっちゃう。死者は秘蹟を受けられない。つまり、だれもが「神の祝福」を受けられなくなるわけさ。破門となったら村八分。交際は一切できないから、まず商売がダメ。服従義務もなくなっちゃう。

 つまり、法王には人の心を支配するパワーが与えられていたのよ。

 そういえば、ドイツ王で神聖ローマ帝国皇帝でもあったハインリッヒ4世が3日3晩、雪の中に立ち尽くして「破門だけは許してちょ、法王様!」とお願いした「カノッサの屈辱」は有名だもんなあ。

 ローマ法王庁というのは、それだけの権威を誇っていたわけだ。

 で、ベネチアやジェノバを除くイタリアの都市国家、すなわち、フィレンツェなどは、ヨーロッパ全体から入ってくるローマ法王庁の膨大な財務運用を請け負うことで経済の基礎を築いてたわけ。

 このフィレンツェを代表したのが、あのメディチ家ね。
 メディチ家の仇敵はボルジア家ですな。映画『第3の男』でオーソン・ウェルズがジョセフ・コットンに言うよね。

 「ボルジア家30年の殺し合いはダ・ヴィンチやミケランジェロを生んだが、スイス500年の平和と民主主義はいったい何を生んだのか?」
 「・・・」
 「鳩時計さ」

 ボルジア家もメディチ家も、経済的繁栄の源は金融業と織物業でした。
 で、メディチ家はルネサンスを促進します。家長コシモはかつてギリシャで行われていたプラトンのアカデミーを復活させて、フィレンツェで「アカデミア・プラトニカ」を創設したのよ。
 古代ギリシャで、プラトンに学んだ有名人は、たとえば、キケロ、プルタコルス、フィロン・・・人種差別のなかったローマ帝国そのままでしたね。

 でも、このプラトンの学舎にしても、6世紀にはキリスト教に害悪をもたらすという理由で、東ローマ帝国皇帝によって廃校になっちゃうわけ。
 害悪? まあ、そうかもしれませんな。宗教は信じることだけど、哲学は疑うことから始まるからね。科学なんてものが出てきちゃ困るわけだな、法王としてはさ。この世の不都合なこともすべて、あなたは試されている。これに打ち勝てば、天国はあなたのものである・・・なんちゃう論理で、自分たちの都合のいい世界を作ってきたわけだかんね。

 どれだけご都合主義か。
 たとえば、コシモの息子ロレンツォが亡くなると、メディチ家は破産します。ロレンツォの息子は法王レオーネちゅうの。
 で、彼は「免罪符」を発明して売り出すわけさ。めざといね。金貨を入れてちゃりんと音がすると死後、天国の席は予約されたっちゅうもの。がぢゃがちゃじゃないんだからさ。もちろん、イタリア人は騙されるわけないよ。けど、素朴というか田舎者のドイツ人は騙されちゃうわけ。

 この騙したお金がローマに送られ、聖ピエトロ大寺院(ミケランジェロ)等々に化けたわけさ。

 これに怒ったのがマルティン・ルター(1483〜1546)。猛烈な抗議(プロテスト)をする。そして、ローマのカトリック教会から分離を宣言するわけね。ローマ法王庁はルターを破門にするけど、これまた裏目に出ちゃう。

 そうそう、ルネサンスといえば、忘れていけないのは1348年のペスト大流行。
 これで人口は3分の2に減ります。ペスト菌は潜伏期間が40日あります。

 ベネチアはこの間、検疫をさせてから入港させるなど、なかなか、科学的にアプローチをしてるわけ。ベネチアにはアイデアマンが多くて、検疫だけでなく、複式簿記や外交官常駐制度なども考えついてます。

 参考までに、ボッカチオの『デカメロン』は、ペスト流行で都市から逃げて田園地帯にやってきた3人の男と7人の女が10日間、お互いに物語を披露し合ったものなのよ。私ゃ、艶笑しか覚えてないけど。

 ルターが宗教改革をするわけだけど、これをぶちこわすのがイエズス会。
 スペイン人ですな。

 イエズス会といえば、日本でお馴染みのザビエルですよ。えっ、ザビエル禿げ? そうそう、あれあれ。この教会は戦闘的な組織でしたね。「反動宗教改革」を展開します。ローマなんて大変。で、ルネサンスの中心人物から脇役たちにいたるまでベネチアに逃げこむわけ。

 ルネサンスは反動宗教改革によって殺されるわけだけど、マキャベリ(1469〜1527)の著書は禁書、ミケランジェロの裸体のキリスト像には絵が描き加えられちゃう。ガリレオ・ガリレイは地動説撤回。あの有名な「それでも地球は回っている」という言葉はあまりにも有名だよね。

 ベネチアでは禁止のはずのマキャベリ、ルターの本も平気で売られてる。
 この土地柄は「まずはじめにベネチア人。次いでキリスト教者」という市民意識だからね、異端裁判も魔女裁判もなかった。
 
 これは凄いことなのよ。「いったん目をつけられたら必ず有罪にされちゃう」という異端審問官(日本の国策捜査担当の検事みたいなもの)は、ベネチアでは聖職者だけでなく共和国側=俗界の人間も加わること。委員が1人でも退席したら流会にする。こんなルールを決めてたから、事実上、審問官の追及の手が及ばないの。

 「私はヨーロッパでは法王だが、ベネチアではちがう」と法王が嘆くわけだよ。

 で、世の中はこれから大きく大航海時代に移っていきます。大航海ですよ、大航海。数学、天文学、工学、建築学・・・科学が大きく芽吹きます。
 で、ここで活躍するのはイタリア人なんだ。コロンブスはスペイン人? いえいえ、スポンサーはスペイン女王。けど、コロンブスはジェノバの人。イタリア人ですよ。ラテン語の契約書ではコロンブスだけど、イタリア語ではコロンボ。そう、刑事コロンボ。
 後年、コロンボは「植民地」という意味になります。コロンビアなんて、そのまんまだもんね。300円高。