2021年02月12日ただいま日経連載中「堀威夫さん私の履歴書」が面白い!

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 さーて、古くて新しい話を1つ。

 ただいま日経新聞に「私の履歴書」が連載されています。日経の看板記事。毎回だれが連載されるか楽しみですよね。

 インタビュー。記者の聞き書き。

 で、ただいま表題の通り堀威夫さんなんですね。ホリプロ創業者ですね。これがなんとも面白い。なーんだ、そうだったのか、と驚くことばかり。

 驚くことばかりって、年も違うし、芸能界なんぞ縁もゆかりもないだろ、と思うでしょうが・・・。

 実は、堀さんの処女作をプロデュースしたのは私なんです。しかも、ほとんど喧嘩別れ。怒って席を立ったのは若造の私。当時33歳。堀さんは50歳くらいだったのでは。

 20代から喧嘩早くて、あちこちでトラブルを起こしたことはご存じの方も少なくないと思います。生意気で高慢ちき。当時の私みたいなヤツが目の前に現れたら殴ってやろう、といつも思ってましたが、いまのいままで1度もありません。

 この時は、堀さんの広報宣伝顧問から出版依頼の話があり、当時、勤務先(『会社四季報』の東経)で出版してもいい。「喜んで」というわけではなく、最初から「出版してもいいですよ」「出版させてあげる」というスタンス。だから尻をまくってしまうことになったんでしょう。

 売れそうもないしね。

 結局、もう堀さんとは会わない、ホリプロにも行かない。どころか、もう出版はとりやめましょう、と言い張った私に、すでにコストもかかってるから、乗りかかった船だからと局次長と交代。

 原因は、ゴーストライターの原稿を3回書き直し。「どうも違う」とこだわったこと。経営論として出版できるレベルだと私は判断。

 平行線。夏に電話。

 「軽井沢の別荘で風邪ひいて熱があったけど、自分で書いてみました」

 宣伝広告担当の顧問が届けに来ました。さすがに私も同席。よっぽど悔しかったんでしょう。意地でも書いてやる、という一念で熱をおして書ききったわけです。

 読んでみました。ゴーストライターの原稿のほうが経営論としてまとまってます。けど、「エネルギー」「知らない話」はやっぱり本人原稿の勝ち。

 「タイトルはこうしてほしい、と言ってるんですが・・・」
と顧問さん。
 「・・・(つまらんなあ。どうでもいいよ)」

 それで出版したのがこれ。



 後年、どこかの版元が文庫にしたのがこれ。



 さて、「私の履歴書」。サイコーに面白い。知らない話ばかり。
 驚いたのは滝之上に住んでた、とか。知ってますよ。日本初の競馬場(いまの根岸公園)の並び。米軍将校に接収された地域。
 
 本牧からは目と鼻の先。根岸公園は1周1600メートル。ウォーキングで6周を1時間以内でしてますから。

 本牧はジャズ発祥の地。広島から出てきた永ちゃんが上京前に活躍してました。そのライブハウスまだあります。私、常連ですから。

 本牧の話なんぞついぞしませんでしたね。

 インタビューが終わると、「これから銀座で昔仲間のライブがあるんですけど?」
 「けっこうです」

 山あり谷あり。芸能界で仕事をするよう天の配剤としか考えられないことばかり。文化放送に潜り込もうとしてバイトも怒って止めちゃったり、食えないバンドで食っていくしかない、と覚悟を決めたら、先輩からできたばかりの日テレに入らないか、と誘われて泣く泣く断る。
 「代わりを推薦しろ」と井原忠高という名物プロデューサーに言われて、押し込んだのが明大の同級生の秋元近史さん。のちに爆発的人気番組「しゃぼん玉ホリデー」を作った名物D。

 なーんだ、そうなんだー。「どうも違うな」と堀さんが首をひねったはずですよ。はるかに面白いもん、「私の履歴書」。

 さて、今回の「通勤快読」でご紹介する本は 『今、アメリカで起きている本当のこと 大統領選?不正選挙?から米国内戦へ 完結編』(副島隆彦・ベンジャミン・フルフォード著・1,760円・秀和システム) です。とてもいい本です。